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日本三大祭りの神田祭と祇園祭と天神祭とは?見所は?いつ開催?

      2016/06/01

我が国の三大祭りは何かと言ったら、神田祭と祇園祭と天神祭の3つではありますが、ではいつ頃どちらで催されるのかについて、きちんと理解しておられる方は多くないと推測します。

祭りが催されるそのエリアの方にとっては当然ですが、地方より見にくる方からすれば、馴染みが無いものなのです。

そういった三大祭りに関してご案内します。

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■日本三大祭りとは?

ひとまずまず最初に、日本三大祭りというものはいつ頃・どんな人が・どうして呼称する様に変化してきたか、依然はっきりと判明していません。

だけど、祭りのいきさつとかスケールあるいは歴史から判断すれば理解できると感じますが、祇園祭と天神祭は、1000年を超えて継続する祭りであり、神田祭・山王祭(詳細は追って)については、江戸幕府開設にゆかりのある、400年を超えて息づく祭りとなっています。

加えて、平安時代より続いている100万人を上回って結集する祭りとして存在するのは、これ以外に日本国内にどの程度存在すると思いますか?

結局のところ、いずれの祭りであっても「スケールが大きい」「歴史が長期に亘る」「文化的価値が際立つ」といった視点によって確定されたかも知れません。

それじゃあ、催される日時が早い順番で、3つの祭りの案内に当たりますね。

■日本三大祭りの山王祭と神田祭とは

山王祭と神田祭については、2年単位で交替して行なわれる東京の祭りとなります。

神田祭というのは、西暦の奇数年、山王祭については、西暦の偶数年

〇神田祭

日本三大祭りの神田祭と祇園祭と天神祭とは?見所は?いつ開催? 1

こちらの祭りの起こりに関しては判明していませんが、頃は江戸幕府開設のちょっと前から、徳川家康が会津討伐であるとか関ケ原の合戦などに競り合う際に、神田大明神へ勝利の祈祷を申し渡したと聞いています。

あなたも知っているように、争いに勝ち抜いて天下統一を果たしたのですが、かようないきさつにより江戸時代からずっと、賑やかに執り行われる様に推移してまいりました。

元を正せば、船渡御(ふなとぎょ)といった、ご神体を船に搭載して川とか海に流し去る祭り事・神の御業であったとのことです。

1670年から1680年頃にかけては、一年ごとに催されてきたのですが、少し経つと山王祭(赤坂・日枝神社)と1年ごとに交代で開催するようになったそうです。

「天下祭」と呼称される風に変わってきたのは、徳川幕府の庇護のおかげで、お祭りの一行が江戸城のなかへ入り込んで、将軍直々が天守閣より見物されたがために、市井の人々の中に於いて「天下祭」と言われるように変わりました。

さらに、神田大明神への祈祷のおかげで、天下平定を成し遂げたことから、こちらの神田大明神ゆかりの神田祭のことを「天下祭り」と名づけたと主張する見解も見られます。

〇見どころ

・祭りの見どころについては、小振りにもかかわらず、100基を上まわる山車!心苦しいのはその時代用いられていた山車というのは、空襲によって焼け落ちて無くなりまたが、少したってから復旧され、最近では36基といった子供用の山車等が東京の地元を練り歩きます。

・附け祭については、曵き物、仮装行列であるとかが町を飾ります。

とりわけ、能であるとか浄瑠璃、歌舞伎、舞踊とか音曲、草双紙等も加味した行列を以ってあふれ返ります。

・ここ何年かで再燃された神事の能ですが、神田明神社殿前方の特設ステージで執り行われます。

・神幸祭については、氏神様が乗り込むとされる「一の宮鳳輦」「二の宮神輿」「三の宮鳳輦」と、山車であるとかおよそ500名の行列を以って町を祓い清めて巡廻するわけです。

〇山王祭

2年に1度毎、神田明神祭と1年ずつ代わる代わる日枝神社の中で執り行われます。

日本三大祭りの神田祭と祇園祭と天神祭とは?見所は?いつ開催?4

日枝神社に関しては、徳川家康が江戸城に入城した後で、将軍家の産土神・江戸城の鎮守という形で敬意の念を抱かれてきたようです。

そうして、6月15日の山王祭といった大祭だと、江戸幕府直々がお金を準備して遂行していたようなので「御用祭」と呼称されるように変わり、初代将軍家康を尊ぶ関東においてこれ以上ない大規模なお祭りとなったのです。

・祭礼行列の神幸祭!

開始日は6月15日の大祭が開始する前の週末になるはずですが、都内を約300mのセレモニー行列が神輿とか山車と一緒に列をなします。

・毎回そうですが、祭りの日程は僅かにずれますが、6月7日~17日頃開始。

祭りの中心は6月15日となっています。

その期間中、多岐に亘る神事、あるいは茶席、神楽、納涼大会等が敢行されます。

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■日本三大祭りの祇園祭

祇園祭については、遡ること、平安時代の頃(869年)、京の都であったり様々な地域で疫病が流行した際に、災難を払い出すことを願って祇園の神を祀い、お招きするので神輿を引いて祈祷した事が始まりとのことです。

日本三大祭りの神田祭と祇園祭と天神祭とは?見所は?いつ開催? 3

この時に取り扱われた66本の鉾ですが、その頃の国の数量である66か国に関連して立てられ、それ以降も神事の時に山鉾の力を借りる様に変わり、飾りさえも手を加える様になったそうです。

そうして1か月もの間に掛けて八坂神社を主体として、7月1日の「吉符入」よりスタートし、7月31日の「疫神社夏越祭」をもちまして最後を飾る迄、神事・祭り・神楽・巡行といったものが展開されるのです。

※山鉾(やまぼこ)と言われるのは、屋台装飾の一種で、飾りつけの上に鉾(ほこ)やなぎなたを飾っています。

※一昔前に扱われていた山鉾は山火事などを通じて焼けて無くなっています。

何回も復旧したりして今に至ります。

〇八坂神社のご神体

13体 いずれの神社だとしても、ご神体は納めれているものでしょうが、スサノオノミコトに始まる、あなたも一回くらいは聞き及んだ経験がある名前がずらりと大集結していらっしゃるんです。

〇メインの見どころの行事

それなりに日程は前後したりする可能性もありますが、例年、見どころのイベントはこんな感じのスケジュールで実施されます。

諏訪社祭 7月2日

お迎提灯 7月10日

神幸祭 7月17日

神輿渡御出発式 7月17日

山鉾巡行 前祭 7月17日

還幸祭 7月24日山鉾巡行(後祭) 7月24日

花傘巡行 7月24日

疫神社夏越祭 7月31日

■日本三大祭りの天神祭

頃は、平安時代に幕開けした、大阪で一番と呼ばれる祭りとなります。

日本三大祭りの神田祭と祇園祭と天神祭とは?見所は?いつ開催? 2

こちらの祭りは、学問の神様と考えられる菅原道真にゆかりを持っていて、神号「天神」をなじみやすく「てんじんさん」と名付けています。

起源は、951年に浜辺より神鉾を流しだし、その後、流れ付いた浜辺に斎場を設置してみそぎをとり行ったと聞いております。

こういった場合に、領民あるいは信奉者が船を制作して奉納したのが天神祭の起こりと考えられてます。

1700年代の後半になると、いまや大阪を象徴的に示す天神祭と見なされて隆盛を誇っておりましたので、全国の至る所に名を馳せることとなったのです。

宵宮祭り(よいみやまつり)と鉾流(ほこながし)といった2つの神事の後、神輿・踊り・陸渡御と船渡御と連続し、神鉾(かみほこ)や山車、御鳳輦(ごほうれん)が見られます。

さらにお日様が沈む時分より、川面には、かがり火が灯される中、船が乗り出し、水上祭りが始まり、エンディングには花火が放たれます。

※鳳輦(ほうれん)という意味は、お輿の上に金であったり銅の鳳凰を飾り付けたもの。

開始日程:毎年7月24日~25日

7月24日:宵宮祭・鉾流神事・催太鼓・獅子舞氏地巡行

7月25日:夏大祭・神霊移御・陸渡御・船渡御・奉納花火

■最後に

日本3大祭りの概要はどのように感じられましたか?

特にお祭りに関する細部の案内ではないことから、あとちょっと事細かに祭りの内容を教えてほしいなあ! と捉えて下さる程度で丁度良いと考えます。

いずれの祭りも伝統のあるお祭りですから、1度くらいは足を運んでみたいものですよね。

それじゃあ、この先も、日本最大祭りを満喫してください♪

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